収益不動産を相続したとき、特に注意したい債務があります。返還時期が10年、20年、さらに数十年先に設定された無利息の敷金・保証金・建設協力金などです。
「将来3,000万円を返す契約だから、相続税でも3,000万円をそのまま債務控除できる」と考えてしまいそうですが、必ずしもそうではありません。
実際に、国税不服審判所の平成12年3月28日裁決では、額面2,000万円の敷金について、相続税上の債務控除額が624万円とされた事例があります。
なぜ、将来返す金額が2,000万円なのに、相続開始時点の債務価値は624万円と評価されたのでしょうか。本記事では、収益不動産の相続で見落としやすい「長期無利息の敷金・保証金」の評価について、相続税法、国税庁の取扱い、国税不服審判所の公表裁決をもとに整理します。
- 敷金・保証金は、相続開始時に返還義務が存在し、確実な債務と認められる場合には債務控除の対象となり得ます。
- ただし、「預り金の額面=そのまま債務控除額」ではありません。
- 通常の賃貸住宅の敷金と、10年・20年後などに返還する長期無利息保証金では、相続開始時点の経済的性質が異なります。
- 長期無利息債務では、返還期までの期間などを考慮した複利現価による評価を検討する場合があります。
- 判断は「敷金」「保証金」という名称ではなく、返還時期・中途解約・利息・償却・充当条件など契約の実質で行います。
収益不動産の敷金・保証金は、会計上の勘定科目ではなく、契約書上の返還義務と返還条件を確認することが重要です。
1.敷金・保証金はなぜ相続税から控除できるのか
相続税法13条・14条では、一定の要件のもと、被相続人の債務を相続税の課税価格の計算上控除する「債務控除」が認められています。
国税庁は、遺産総額から差し引くことができる債務について、被相続人が死亡した時に現に存在していた被相続人の債務で、確実と認められるものを基本としています。
したがって、被相続人が賃貸人として入居者・テナント・借地人等から預かっていた敷金・保証金について、相続開始時に返還義務が存在し、その債務を相続人が承継するのであれば、債務控除の対象となり得ます。
- 債務控除の対象になるか
相続開始時に返還義務が存在し、「確実な債務」と認められるかを確認します。 - いくらで控除するか
額面金額をそのまま使うのか、相続開始時点の現在価値で評価するのかを確認します。
2.「3,000万円預かっているから3,000万円控除」とは限らない
例えば、被相続人が3,000万円の保証金を預かっていたとします。
その3,000万円を相続開始後すぐに返さなければならない場合と、契約満了まで15年間返還する必要がなく、しかも無利息である場合とでは、相続開始時点における経済的な負担は同じとはいえません。
後者の場合、相続人は返還期まで3,000万円を無利息で利用できることになります。
「将来3,000万円を返す義務がある」ということと、「今日3,000万円を返さなければならない」ということは、経済的には同じではありません。
そのため、返還期が長期間先に定められ、相続開始時点で弁済期が未到来の無利息債務については、契約内容や残存期間等を踏まえ、将来の返還額ではなく相続開始時点の現在価値で評価すべきかを検討する必要があります。
3.一般的な敷金と長期保証金は何が違うのか
| 確認事項 | 一般的な賃貸住宅等の敷金 | 長期保証金・建設協力金等 |
|---|---|---|
| 返還時期 | 退去時など。実際の退去時期によって変動することがある | 契約満了時など、長期間先に固定されている場合がある |
| 中途解約 | 可能な契約が多い | 契約により制限される場合がある |
| 利息 | 無利息の場合が多い | 無利息・低利のまま長期間預かるケースに注意 |
| 返還額 | 未払賃料・原状回復費等への充当を確認 | 償却・相殺・分割返済等の条件も確認 |
| 相続税評価 | 契約内容と相続開始時の返還義務を確認 | 現在価値による評価が必要かを検討 |
ここで重要なのは、「敷金なら額面」「保証金なら複利現価」と名称だけで判断しないことです。
同じ「敷金」という名称でも、返還時期や中途解約条件が異なることがあります。反対に「保証金」という名称でも、比較的短期間で返還義務が具体化する契約もあります。
4.平成12年3月28日裁決|まず結論を確認
20年後に返還する無利息の敷金だったため、2,000万円全額ではなく624万円が相続開始時点の債務価値とされました。
① どのような事案だったか
- 事業用定期借地権に関する契約
- 契約期間:20年
- 敷金:2,000万円
- 利息:無利息
- 原則として契約終了後に一括返還
② 何が争われたか
- 相続人側:2,000万円全額を債務控除すべき
- 課税庁側:無利息で長期間利用できる経済的利益を差し引くべき
③ 審判所はどう考えたか
審判所は、相続税法22条により、控除すべき債務の金額は相続開始時の「現況」によって評価すると整理しました。
そのうえで、弁済額が確定している金銭債務であっても、額面全額が当然に債務控除額となるわけではなく、利率・弁済期その他の債務の現況によって個別に評価する必要があると判断しています。
本件のような無利息債務では、相続人は返還期まで利息相当額の経済的利益を享受します。そのため、敷金の元本金額からその経済的利益を差し引いた金額を、相続開始時の債務価値とするのが相当とされました。
- 敷金の額面
2,000万円 - 残存期間
20年 - 裁決で用いられた年利率
6% - 対応する複利現価率
0.312 - 債務控除額
2,000万円 × 0.312 = 624万円
「返す金額が2,000万円と決まっている」ことと、「相続開始時の債務価値が2,000万円である」ことは同じではありません。
この裁決では、実際に2,000万円 → 624万円まで債務控除額が減っています。長期・無利息・返還期が明確という条件がそろう場合には、額面ではなく現在価値で評価するという考え方が示されています。
5.平成19年4月26日裁決|同じ考え方が改めて確認された
保証金・敷金の元本合計1,350万円に対し、相続開始時点で認められた債務控除額は535万7,050円でした。
① どのような事案だったか
- 定期借地権に係る複数の保証金
- 建物賃貸借に係る敷金
- いずれも無利息
- 保証金の返還期:相続開始から44~47年後
- 敷金の返還期:相続開始から16年後
② 何が争われたか
- 相続人側:保証金・敷金の元本額をそのまま債務控除
- 課税庁側:無利息による経済的利益を考慮し、現在価値で評価
③ 審判所はどう判断したか
審判所は、金銭債務であっても、その弁済額が当然に相続開始時の債務価値になるわけではなく、利率や弁済期などの現況によって個別に評価する必要があるとしました。
そして、無利息債務については、返還期まで相続人が享受する経済的利益を考慮し、元本金額からその経済的利益を控除した金額、具体的には元本金額に相続開始時の基準年利率に対応する複利現価率を乗じた金額を債務控除額とするのが相当と判断しています。
④ 実際にどれくらい減ったのか
| 元本金額 | 返還まで | 複利現価率 | 認められた債務控除額 |
|---|---|---|---|
| 50万円 | 46年 | 0.257 | 12万8,500円 |
| 165万円 | 45年 | 0.264 | 43万5,600円 |
| 100万円 | 47年 | 0.249 | 24万9,000円 |
| 180万円 | 44年 | 0.272 | 48万9,600円 |
| 175万円 | 46年 | 0.257 | 44万9,750円 |
| 180万円 | 44年 | 0.272 | 48万9,600円 |
| 500万円 | 16年 | 0.623 | 311万5,000円 |
| 合計1,350万円 | ― | ― | 535万7,050円 |
- 返還まで44~47年ある保証金は、元本の約25~27%程度まで現在価値が下がっています。
- 返還まで16年の500万円の敷金は、311万5,000円(約62%)と評価されています。
- つまり、一般に返還までの期間が長いほど、相続開始時点の債務価値は小さくなりやすいことが視覚的にも分かります。
平成12年裁決だけの特殊な結論ではなく、平成19年裁決でも、「長期無利息の金銭債務は額面評価とは限らない」という考え方が改めて確認されています。
この事案では、申告上1,350万円としていた保証金・敷金について、認められた債務控除額は535万7,050円となり、約814万円減少しました。
6.複利現価による評価とは
長期無利息債務について現在価値での評価が必要となる場合、基本的には、将来返還する金額を相続開始時点の価値へ割り戻して考えます。
= 相続開始時点の現在価値
例えば、将来3,000万円を返還する義務があったとしても、その返還時期が長期間先である場合には、相続開始時点における債務の経済的価値が3,000万円を下回ることがあります。
複利現価による評価を検討する場合は、次の順番で条件を整理すると分かりやすくなります。
- 相続開始日を確認する
どの時点の利率・現況で評価するかを確定します。 - 契約上の返還期日を確認する
いつ返還する債務なのかを契約書から確認します。 - 残存期間を算定する
相続開始日から返還期までの期間を整理します。 - 返還方法を確認する
一括返還か、分割返還かを確認します。 - 利息条件を確認する
無利息か、有利息か、低利かを確認します。 - 途中返還の可能性を確認する
中途解約や途中返還が契約上可能かを確認します。 - 課税時期に対応する利率・複利現価率を確認する
現在の申告に適用すべき数値を、その課税時期の資料で確認します。
7.判断フロー|まず契約書のどこを見るか
8.申告・税務調査に備えて確認したいこと|第13表の数字だけではありません
相続税申告では、債務及び葬式費用を申告書第13表に記載します。
以下は、国税庁が個別の税務調査項目として公表しているという意味ではありません。敷金・保証金の債務控除額について、申告時に根拠を整理し、必要に応じて説明できるよう確認しておきたい事項をまとめたものです。
収益不動産を所有していた方の場合、青色申告決算書や帳簿に「預り敷金」「預り保証金」などの残高が記載されていることがあります。
しかし、帳簿上の残高はあくまで出発点です。相続税申告では、次のような資料・条件まで確認しておくことが重要です。
- 契約書類
賃貸借契約書、定期借地契約書、保証金契約書、建設協力金契約書など。 - 金額を確認する資料
預り金台帳、帳簿、入出金資料、相続開始時点の実際の預り残高など。 - 返還時期に関する条項
返還期限、中途解約条項、契約満了日、途中返還の可否など。 - 返還額を左右する条項
償却、未払賃料、原状回復費、違約金等への充当条件。 - 現在価値評価に必要な条件
利息の有無、相続開始時点から返還期までの残存期間など。
特に金額の大きな敷金・保証金については、第13表の金額と契約書上の返還義務が整合しているかを説明できる状態にしておく必要があります。
9.税理士はここを見る|勘定科目ではなく契約の実質
貸借対照表や青色申告決算書に「預り敷金」「保証金」として計上されている金額は重要な確認資料ですが、その帳簿残高がそのまま相続税の債務控除額になるとは限りません。相続税では、相続開始時の契約内容、利率、弁済期等を踏まえて評価します。
相続税申告で敷金・保証金を確認するときは、「預り敷金」「保証金」という勘定科目名だけでは判断できません。
| 確認するポイント | 実務上の確認内容 |
|---|---|
| 債務の存在 | 相続開始時に実際に返還義務が存在しているか |
| 返還額 | 全額返還か、償却・充当される金額があるか |
| 返還時期 | 短期・不確定か、長期間先に固定されているか |
| 利息 | 有利息か、無利息・低利か |
| 中途解約 | 借主側から途中解約・返還請求が可能か |
| 相続開始時の価値 | 額面評価でよいか、現在価値評価を検討すべきか |
これが、収益不動産の敷金・保証金を確認するときの基本です。
10.こんな相続では特に確認してください
- 賃貸アパート・マンションを相続した
- テナントビルを相続した
- 貸地・事業用定期借地権設定土地を相続した
- 帳簿に「預り敷金」「預り保証金」がある
- 数百万円~数千万円規模の保証金がある
- 建設協力金を受け取っている
- 保証金が無利息である
- 返還期限が10年、20年など長期間先である
- 契約書が古く、返還条件を詳しく確認していない
- 相続税申告書第13表へ帳簿残高をそのまま記載しようとしている
11.よくある質問
Q.アパートの敷金は相続税から控除できますか?
返還義務が存在し、相続開始時に現存する確実な債務と認められるものは、債務控除の対象となり得ます。ただし、未払賃料や原状回復費等への充当条件も含め、実際の返還義務を確認します。
Q.預り保証金は帳簿残高をそのまま控除できますか?
必ずしもそうではありません。特に返還時期が長期間先に固定されている無利息保証金については、複利現価による現在価値評価が問題となります。
Q.「敷金」という名称なら額面で控除できますか?
名称だけでは判断できません。平成12年3月28日裁決で問題となった金銭も「敷金」でした。返還時期、利息、中途解約、償却・充当条件など、契約の実質を確認します。
Q.「保証金」という名称なら複利現価で評価しますか?
名称だけでは決まりません。返還時期が長期間固定されているか、途中で返還義務が発生する可能性があるか、利息が付されているかなどを個別に確認します。
Q.建設協力金も相続税の債務評価を確認する必要がありますか?
必要です。返済方法、返済期間、利息条件、賃料との相殺の有無など契約内容を確認し、相続開始時点で残っている債務の性質と価額を判断します。
Q.どの資料を準備すればよいですか?
賃貸借契約書、定期借地契約書、保証金・建設協力金の契約書、預り金台帳、確定申告書、青色申告決算書、入出金資料などを準備しておくと確認しやすくなります。
12.契約解釈が分かれる場合の注意
敷金・保証金の相続税評価では、税額計算の前提として、契約上「いつ」「いくら」「どのような条件で」返還義務が生じるのかを確認する必要があります。
- 中途解約による返還請求が可能か
- 契約満了前に返還義務が生じる条項があるか
- 未払賃料・原状回復費・違約金等へ充当できるか
- 一定額を償却し、返還しない合意があるか
- 契約変更・承継・覚書等により当初契約と条件が変わっていないか
これらは契約内容の確認が重要となる事項です。契約条項の法的解釈や当事者間で権利義務に争いがある場合には、税務上の評価とは別に、必要に応じて弁護士等の法律専門家への確認が適切です。
13.当事務所の考え方|「多く控除する」より「適正に評価する」
相続税の財産評価というと、土地・建物・預貯金・株式など「プラスの財産」に目が向きがちです。
しかし、収益不動産を相続した場合には、借入金、未払金、預り敷金、預り保証金などのマイナスの財産を正しく把握することも同じくらい重要です。
本来控除できる債務を見落とせば、相続税を過大に納付する可能性があります。
一方で、長期無利息保証金を契約内容の確認なく額面のまま控除すれば、相続税申告後に評価方法が問題となる可能性があります。
相続開始時点の契約内容と経済的実態を確認し、プラスの財産もマイナスの財産も適正に評価することです。
特に、賃貸アパート、テナントビル、貸地、事業用定期借地権などをお持ちの方の相続では、不動産そのものの評価だけでなく、賃貸借契約、敷金、保証金、借入金などを一体として確認することが重要です。
次に確認したいこと
- 相続した土地・建物の相続税評価が適正か
- 借入金・未払金など他の債務に漏れがないか
- 収益不動産の賃貸借契約を相続人が正しく承継できているか
- 相続税申告書第13表の債務額に根拠資料があるか
※関連ページの恒久URL確定後に、財産評価・相続税の計算方法・税務調査・収益不動産相続の記事への内部リンクを設定します。未確認URLは推測で記載しません。
主な根拠・参考資料
- 国税庁「No.4126 相続財産から控除できる債務」
- 国税庁 相続税法基本通達 第14条「控除すべき債務」関係
- 国税不服審判所 平成12年3月28日裁決
- 国税不服審判所 平成19年4月26日裁決
- 国税庁「令和8年分の基準年利率について」
- 国税庁税務大学校 研究論叢
※本ページは、相続税法、国税庁の公表資料および国税不服審判所の公表裁決をもとに、一般的な税務上の考え方を整理したものです。公表裁決は個別事案に対する判断であり、すべての敷金・保証金に同一の評価方法・割合がそのまま適用されることを意味しません。実際の債務控除額は、契約内容、返還条件、利息、残存期間、相続開始時の状況等によって個別に検討する必要があります。
収益不動産がある相続では、契約書まで確認します
土地・建物の評価だけでなく、敷金・保証金・借入金・賃貸借契約なども含めて相続財産と債務を整理することが重要です。相続税申告をご検討中の方は、関連資料を揃えたうえでご相談ください。


















